火星のオリンポス港に降り立ったエステルは、
夜明けの船を捜した。
人類の敵は味方。
人類(太陽系総軍)と敵対する第2異星人、
ネーバル・ウィッチは、火星独立軍に助力
するためにエステルを派遣したのである。
ネーバルは故郷を持たない。
居住惑星をとうの昔に失っており、
宇宙空間の大艦隊に居住している。
そこでクローン生殖により女性だけの種族として存在し、
一生を艦の中で過ごす。
エステルも例に漏れず、陸地を知らないまま
艦の中で一生を過ごすはずだった。
初めての異星人、彼女にとって人類の中へ身を投じる事は
少なからず緊張を伴った。
人ごみの中を歩く。
見回すと、圧倒的に多い『男』という初めて見る種族に驚いた。
今までは、男など太陽系人類の内のいち知識でしかなかった。
男を遠巻きに避け、珍獣を見る様な気持ちで歩いていると、
黄色いジャンパーを着た男が近づいた。
「エステル・エイン艦氏族・アストラーダか?」
「あなたは、火星独立軍最高指導者のアリアン?」
「いや、俺はヤガミ。夜明けの船のクルーだ。君を迎えにきた」
エステルは、至近距離でヤガミを観察した。
大きな手、自分よりもはるかに高い背、骨ばった顔。
「ようこそ、火星へ。我が軍に助力してくれる事を感謝する」
ヤガミが、手を差し出した。
何を意味するのかわからず、エステルはじっとヤガミの目を見た。
「人類式の挨拶だ。」
ヤガミがエステルの手を取って、握る。
初めての『男』の触感。
緊張がピークに達して、泣き始めるエステル。
そのとき、
「ヤガミー、やっべー! マジやっべー!」
小カトー・タキガワが歯を剥き出して走ってきた。
「ヤガミー、官憲に追われてるんだー!!」
ヤガミは舌打ちをして、固まったままのエステルを抱き上げた。
「艦と反対方向へ走れ」
「うっし!!」
エステルは、ヤガミの胸の鼓動と息遣いを感じて、
恐怖や屈辱とは違う何かを感じていた。
経験の無い事ばかりが次から次へと起こり、ただただ混乱する。
両手で顔を覆って、また泣き始める。
「嫌です………嫌です!!」
降ろせとばかりに、必死にヤガミを叩く。
「馬鹿野郎!!舌を噛むぞ!!」
「降ろしてください!」
「捕まったら拷問行きだぞ、艦までは俺が守る」
エステルは、じっとその身をヤガミに預けるしかなく、
ただ下唇を噛んで、混乱する自分の感情に耐えようとした。
そして、これからの己の任務の厳しさを感じていた。
エステルの波乱に満ちた航海の始まりである。
|